浸艶の原点① アトピー・アレルギー・小児喘息だった僕の幼少期
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僕は、肌が弱い子供でした。
というより、もっと正確に言うと、恐ろしく体が弱い子供でした。
アトピーもありました。
アレルギーもありました。
さらに、小児喘息もありました。
幼少期のかなり大きな記憶として、今でもはっきり残っています。
アトピーで毎日血だらけ。
咳が止まらない。
かゆい。
喉も痛い。
咳をしすぎて、背中も筋肉痛みたいにずっと痛い。
そして、寝られない。
そんな幼少期でした。
物心ついた頃から、アトピーがひどかった
アトピーが特にひどかったのは、物心ついてから小学校3〜4年生くらいまでだったと思います。
特にひどかったのは、腕と首。
寝ている間に、無意識に掻いてしまう。
朝起きると、血が出ている。
服に血がついている。
かゆくて集中できない。
人に見られるのも嫌でした。
子供ながらに、みんなと違う自分がつらかったんだと思います。
当時、よく思っていたこと
なんで自分だけなんだろう。
みんなと同じようになりたい。
ゆっくり寝たい。
かゆすぎて苦しい。
当時の僕は、そんなことばかり思っていました。
ただ肌が荒れている、という感じではありません。
生活の中に、ずっとかゆみがありました。
寝る時も、起きた時も、人前にいる時も。
自分の肌のことを忘れられる時間が、あまりなかったように思います。
アレルギーもひどく、食べられないものも多かった
アトピーだけではなく、アレルギーもかなりひどかったです。
幼稚園前後が一番ひどかったので、正直、はっきり覚えていないことも多いです。
牛乳や小麦は制限されていた記憶があります。
それ以外にも、かなり多かったと思います。
一時期は、本当に大げさな話ではなく、「サツマイモ」しか食べられないくらい、食べ物や飲み物を制限されていました。
ただ、子供の頃の僕は、それをそこまで苦に感じていませんでした。
出されたものだけを食べる。
それが当たり前だったからです。
幸い、好き嫌いがあまりなかったので、それは救いだったと思います。
でも今振り返ると、母親はとてつもなく苦労したと思います。
何を食べさせるのか。
何を避けるのか。
どうすれば少しでも体が楽になるのか。
毎日、考えることばかりだったはずです。
食事制限より、見た目が違うことが嫌だった
食べ物や飲み物を、みんなと同じように口にできないこと。
それ自体は、自分の中ではあまり気にしていませんでした。
でも、見た目が明らかに違うことは嫌でした。
腕も、首も、隠しきれない。
肌の状態は、どうしても人に見えます。
だから、そこが一番つらかったです。
食べ物を制限されることよりも、
見た目が明らかに違うこと。
みんなと同じではないこと。
そこが嫌でした。
みんなと同じになりたい。
子供の頃の僕は、本当にそう思っていました。
小児喘息もありました
さらに、僕には小児喘息もありました。
アトピーでかゆい。
それだけでもしんどいのに、咳も止まらない。
咳をしすぎて、喉が痛い。
背中も筋肉痛みたいな感じで痛い。
そして、寝られない。
かゆくて寝られない。
咳で寝られない。
寝ようとしても、体がずっとしんどい。
今振り返ると、かなり苦しかったと思います。
ただ、その頃の僕にとっては、それが日常でした。
体が弱いことも、かゆいことも、咳が出ることも、食べられないものが多いことも。
それが、自分にとっての普通でした。
母親の部屋には、医学の本が山のようにありました
家では、かなり徹底した食事管理をしてくれていたと思います。
それにちゃんと気づいたのは、もっと大きくなってからです。
高校生くらいになってから、母親の部屋に医学の本がたくさんあることに気づきました。
「医者になるの?」
そう思うくらい、本当にたくさんありました。
特に、食事や栄養学に関する本が山のようにありました。
その時、母親に聞いたら、笑い飛ばすようにこう言われました。
「あんたは昔、捨てようかと思うくらい体が弱かったのよ。
だから、たくさん本読んで勉強したの」
その時、反抗期はさようなら。
親孝行の心が一気に芽生えました。
今思えば、母親は来る日も来る日も本を読んで、実践して、うまくいかなければまた調べて、トライ&エラーを繰り返してくれていたのだと思います。
生き地獄みたいな幼少期は僕だけでなく、母親も同じくだったと思います。
結果論かもしれません。
でも、僕は今でも思っています。
自分の母親が母親じゃなかったら、今の自分の状態まで来られていたかわからない。
今も残っているもの
アトピーと小児喘息は、小学校3〜4年生くらいでだいぶおさまりました。
アレルギーもかなり少なくなりました。
ただ、かなりひどいアレルギー性鼻炎だけは今もあります。
それに、アトピーだったこともあり、敏感肌具合は人一倍ひどいと思います。
生活に大きく支障が出るほどではありません。
でも、肌につけるものや口にするものには、今でもかなり慎重です。
それは、子供の頃からずっと自分の体と向き合ってきたからだと思います。
今でも、喉が渇いたら水を飲みます
我が家では、家で飲む飲み物がほとんど水でした。
感覚としては、水が9割、麦茶が1割です。
小さい頃のアレルギーで、ジュースを飲むことがなかったので、それが当たり前になりました。
そして、その感覚は今でもずっと続いています。
喉が渇いたら水を飲む。
家でも、外出先でも同じです。
喉が渇いた時に、ジュースやスポーツ飲料を飲むという感覚が、僕にはありません。
子供の頃の自分は、みんながジュースを飲んでいるのに自分だけ飲めなくて、苦しかったのかもしれません。
が、今思うと、良い習慣が身についたなと思います。
今の僕の考え方は、ここから始まっています
こういう幼少期があったので、僕は昔から
「自分の体に入れるもの」「肌につけるもの」
に対して、かなり慎重になりました。
それを、なんとなくでは選びたくない。
見た目や雰囲気だけで選ぶのは怖い。
その感覚は、かなり小さい頃からの経験で自然と残ったものだと思います。
今の僕に残っている感覚
なんとなく良さそう。
有名な人が使っている。
雰囲気がきれい。
広告の言葉が魅力的。
それだけでは、安心できない。
もちろん、子供の頃の僕はそんなことを言語化できていません。
ただ、今振り返ると、あの頃の経験が今の自分の考え方につながっているのは間違いありません。
正しい情報を、正しく掴むこと。
根拠を見ること。
証拠を見ること。
それがなぜ本当なのかを考えること。
広告や謳い文句だけに流されず、本質的にいいのかどうかを見ること。
これは、僕にとってきれいごとではありません。
自分の体で何度も苦しんできたからこそ、自然とそうなりました。
一番覚えているのは夜でした
僕は、肌が弱い子供でした。
でも、肌だけではありません。
アトピーも、アレルギーも、小児喘息もあって、そもそも恐ろしく体が弱い子供でした。
子供の頃は、なんで自分だけと思うことも多かったです。
みんなと同じになりたい。
ゆっくり寝たい。
かゆみも咳も気にせず、普通に過ごしたい。
そう思っていました。
その中でも、今も一番はっきり覚えているのは夜です。
寝ている間に掻いてしまう。
朝起きると、腕や首に血が出ている。
服に血がついている。
「またやってしまった」
子供の頃の僕にとって、朝はそんなふうに始まることが普通でした。
続く・・・