浸艶の原点⑦ 頭皮の悩みを誰にも相談できなかった
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成分表を見るようになって、物の見方は大きく変わりました。
でも、実は頭皮の悩み自体はそれよりずっと前からありました。
高校1年生くらいから、フケ、かゆみ、嫌なニオイが気になるようになっていました。
その頃の僕には、まだ成分表を見る習慣も、何を見て判断すればいいのかという基準もありませんでした。
だから、頭皮の悩みを一人で抱えていました。
最初は、ほぼ同じ時期に気になり始めました
最初に気になったのは、嫌なニオイとかゆみだったと思います。
ただ、フケ、かゆみ、嫌なニオイは、ほぼ同じ時期に気になっていました。
かゆみを感じる。
頭をかく。
そうすると、フケが落ちてくる。
そして、頭をかいた指を何気なく嗅いだ時に、
「あれ、臭いな」
と思いました。
これって、周りの人も気づいているのかな。
自分だとわからないな。
そう思うようになってから、
頭皮のことがどんどん気になり始めました。
メガネのレンズで、フケに気づきました
フケに気づいた最初の記憶は、家にいる時でした。
僕は目が悪かったので、普段はコンタクトレンズをつけていました。
でも家では、コンタクトを外してメガネをかけていました。
メガネをかけている時に頭をかくと、だんだんレンズが汚れていきます。
最初は、埃っぽい汚れなのかなと思っていました。
でも、それが埃ではなくフケなんだと気づきました。
その時の感覚は、今でも覚えています。
見たくないものを、はっきり見てしまったような感覚でした。
かゆみには波がありました
頭皮のかゆみは、ずっと同じ強さで続くわけではありませんでした。
波がありました。
ものすごくかゆい時もあれば、そうじゃない時もある。
1日気にならない時もありました。
だから、特別この場面で必ずかゆかったという記憶はあまりありません。
でも、かゆみがしっかりあったことは覚えています。
汗をかいた時は、頭皮が少しピリピリするような感じもありました。
かゆい。
でも、人前ではなるべくかきたくない。
かいたらフケが落ちそうだからです。
ニオイも、自分で気づいてしまいました
嫌なニオイに気づく場面もありました。
帽子のニオイ。
枕カバーのニオイ。
そして、頭をかいた後の指のニオイ。
特に、頭をかいた後の指を嗅いで「臭い」と気づいてしまってからは、かなり気にするようになりました。
頭をかくたびに、自分の指のニオイを嗅いでしまう。
そしてまた気になる。
そんなことを繰り返していました。
フケが落ちていないか。
頭皮のニオイに気づかれていないか。
人前で頭をかいていないか。
意識的にも、無意識にも、
かなり気にしていました。
誰にも相談できませんでした
家族には特に相談していませんでした。
あまり聞こうとも思わなかったです。
友達や同級生にも相談できませんでした。
理由ははっきりしています。
話すことで、その悩みをカミングアウトすることになるからです。
顔のニキビのように、見ればわかる悩みとは違います。
フケやニオイは、相手から言われない限り、まだ気づかれていないかもしれない。
自分だけが気にしていることかもしれない。
そう思うと、自分からは言えませんでした。
相談したい気持ちはあっても、相談すること自体が怖かったです。
暗い服や黒い服を避けるようになりました
フケが気になるようになってから、
暗い服や黒い服を避けるようになりました。
中学生の頃からフケがあったのかは、正直覚えていません。
意識もしていませんでした。
でも高校生になってからは、明らかに気にするようになりました。
特に嫌だったのは、学ランです。
肩のフケが目立つからです。
だから、学ランはほとんど着ていませんでした。
秋や冬は、トレーナーやパーカー、フリースを着て登校していました。
夏は、半袖のワイシャツだけです。
特別な行事の時に学ランを着なければいけないタイミングは、本当に嫌でした。
校則がゆるかったことは救いでした
幸い、僕の高校は校則がそこまで厳しくありませんでした。
学ランを着ずにトレーナーやパーカー、フリースで登校しても、先生や友達に注意されることはありませんでした。
それは僕にとって、かなり救いでした。
もし毎日学ランを着なければいけなかったら、もっとしんどかったと思います。
フケが目立つかもしれない。
肩を見られるかもしれない。
頭をかいたら落ちるかもしれない。
そんなことを考えながら学校生活を送るのは、かなり苦しかったはずです。
気づかれないように過ごしていました
学校生活では、なるべく人前で頭をかかないようにしていました。
髪もなるべく触らないようにしていました。
フケが落ちそうだったからです。
どうすれば気づかれないか。
どうすればフケが目立たないか。
どうすればニオイを気にせずに済むか。
意図的にも、無意識にも、いろいろ避けながら過ごしていました。
でも、人に聞けない以上、自分でどうにかするしかありません。